マンナム（出会い）

　1959年１月、私が小学校４年生の３学期、夕方のNHKラジオ放送から歌が流れてきました。「🎵ふるさと知らない私でも　長い裾には鳳仙花　襟に挟んだ茄子の花　オシロイバナの緋もつけて　らんぶりん　たんぶりん～」。安本末子作・筒井敬介脚本『にあんちゃん』のラジオドラマの主題歌でした。九州の炭鉱地帯で、貧しい暮らしの中でも、明るくひたむきに生きる女の子と、兄の生活を日記にした胸を打つ作品でした。在日朝鮮人と呼ばれる人の存在を、初めて知りました。

 

　小学校の同級生でＭ君という、学年で一番足が早い友がいましたが、ある年から突然消えてしまいました。中学生になり、吉永小百合主演の日活映画『キューポラのある街』で、在日の子が共和国に帰還する場面を観て、Ｍ君もきっと祖国に帰ったのだと思いました。高校生になってからは『千里馬』等の映画で、共和国の発展に目を見張りました。大学のサークルや劇団では、歌声喫茶店で「美しきわが故郷」「つつじ」「平壌は心のふるさと」などの、朝鮮歌謡を唄いました。最近は機会がなく残念です。

 

　劇団風の子では1973年夏から、ウォン・ド・ホング作、多田徹脚色、関矢幸雄演出の『宝のつるはし』の公演が開始しました。鍛冶屋の男の子セドリが、自然や神との関わりで成長し、海の向こうから侵略してきた魔王子を打ち倒す、壮大な内容の作品で、暗幕・袖幕を外し、平土間の明るい会場全部を使う「体育館演劇」と名付けられ、戦後日本児童演劇界の代表作とされています。

『宝のつるはし』パンフレット

 

　全国・海外での公演を続けた風の子は、東京以外にも拠点を持つ計画を立て、1985年に劇団風の子九州を福岡で創立しました。韓国芸術総合大学校演劇院院長でASSITEJ（国際児童・青少年舞台芸術協会）韓国センター会長の金雨玉（キム・ウーオク）先生から招待され、1996年から『にっこりぽっかり座』を皮切りに、毎年韓国公演を続けることになりました。出演者たちは韓国語台詞を福岡で習い、中には文化庁派遣の留学生になり、語学力を磨きました。ソウルだけでなく地方公演も行ないましたが、日本政府の歴史教科書問題や閣僚の靖国神社参拝問題が報道されると、観客数が極端に減ることがありました。

『にっこりぽっかり座』パンフレット

 

　2002年にソウルで３年に一度のASSITEJ世界大会が開催され、国際舞台芸術フェスティバルで『風の子あそびや　とっぴんしゃん』が招聘されました。直後、長年友情を温めてきた、ソウルの劇団サダリとの共同製作・合同公演作品『マンナム（出会い）』の製作・稽古に突入しました。演出家・制作者・出演者等、全部完全折半にしました。初体験でしたが、韓国と日本で数年間公演することができました。今でも彼等とは往き来しています。互いの国の言葉・食生活・風俗習慣の違いを知る貴重な年月でした。

『マンナム』パンフレット

 

　東京の劇団風の子には３名の在日コリアン二世がいました。一人はＩ君と名乗っていましたが、沖縄から本土に就職し、苦悩の中でＵターンした青年を描いた『ぼくらのロングマーチ』で主役に抜擢されました。稽古中「僕は在日コリアン二世で本名はＮＴです」と発表しました。以来彼は本名を名乗っています。演出をやっていたＫ君は、ソウルで私に「実は俺、在日コリアン二世なんだ。でも故国の言葉を話せないし、ハングルも読めない。九州の劇団員が羨ましい」と呟きました。突然の告白に私は驚きました。故国の言葉・文化を学ぶ意味を知りました。

　「福岡朝鮮初級学校の子ども達にお芝居を届けたい」実行委員会の最後尾で手伝いをしています。（林 陽一）