まきばヒストリー⑤

　「この犬、抱っこしてもいいですか」

　あるとき、17歳の少女が母親に連れられ「まきば」にやって来ました。

　彼女の家庭は、母と祖母の仲が悪く、父は祖母の言いなりでした。

　小さい頃から母親のグチを聞かされて育った少女は、中学から不登校になり引きこもっていました。

　勇気を振り絞ってここに来たものの、人になじめず不安げな様子でした。

　母親に「娘さんが興味のあること、好きなことは何ですか？」と尋ねると、「小さい頃から自分の犬が欲しいと言っていました。」

　そこで私は少女を誘って市内のペットセンターを何件も回り、子犬の「もらい手募集」を探しましたが、残念ながら見つかりませんでした。

　試しに「どんな犬が好き？」と聞いても、彼女の答えは「別に」でした。

　最後に回ったペットセンターにも「もらい手募集」はなく諦めかけた時、
少女が私に「この犬、抱っこしてもいいですか？」と聞いてきました！

　その子犬は、血統書付きのミニチュアダックスフンドでした。

　抱っこしてほおずりしながら、少女は初めて満面の笑みを見せてくれたのでした。

　「あ～、この犬、気に入ったんだなあ～」と思ったものの、値札を見てビックリ！
　なんと17万8000円もするではないですか。

　しかし、そのとき私は思いました。
　「少女がこれまで味わってきた悲しみや、傷みを思えば、決して贅沢ではない。」

　でも、お金はありません。


　試しに「この犬ほしい？」と私は少女に聞いてみました。
　（さっきのように「別に」という答えを内心期待して。）

　すると少女は、「え～、いいんですか！！」

　私は「うん、いいよ！」と言って、ローンを組んで買ってしまいました。


　それから少女は，その子犬に『シャト』と名付け、自分の部屋でかわいがりました。
　自分専用の子犬が側にいることで安心を得て、みんなと一緒に生活することが出来たのです。

　彼女は4ヶ月、私たち家族や「まきば」のみんなと一緒に生活して、元気を取り戻して自宅へと帰って行きました。

　帰り際に「シャトはどうする？」と聞くと、あっさり「置いて帰ります。」

　こうしてはからずも、わが家で「血統書付きの子犬」を飼うことになったのでした。