写真家ストーリー⑩藤木ケンタ（後編）

カイラス山の麓を巡礼するには様々なハードルがあるが、今回一番の問題はSNSを通じて知り合った同行者だった。聖地に向かうという性質上それなりの気持ちを持っていてほしかったが、残念ながらかなり問題があった。

 

チベット鉄道で西寧からラサまで1,956km。タングラ駅周辺の鉄道世界最高地点（海抜5,072m）を通過するため軽い高山病の症状はあったものの無事にラサに到着した。

 

チベット鉄道車内

 

4月も後半だったが車窓からは雪景色が広がる

 

ラサは政治的にも宗教的にもチベットの中心地で、歴代ダライ・ラマの宮殿であったポタラ宮やチベット仏教で最も神聖な場所であると考えられているジョカン寺などがある。

 

そのラサで同行者は女性巡礼者を撮影しようと唐突にカメラを向けたために怒りをかった。誰でも断りもなく写真を撮られたら気分を害するのは当然だが、その同行者は怒られた途端に「クソババア！」と言い放った。巡礼者は日本語は分からなかっただろうが、その態度からして罵った言葉であったことは伝わったはずだ。僕は愕然としそれからというものその同行者との関係は最悪だった。

 

ポタラ宮

 

ラサの西約230km、チベット第二の町シガツェに到着した翌日にはエベレスト・ベースキャンプに向かう予定だったが、予想もしなかった事態が起こった。隣国のネパールで大地震が発生、カイラス山へと向かう道路は震源地方面のため緊急車両や支援物資を運ぶ車両以外は通行止めになりラサに引き返すしかなかった。

 

シガツェの宿で見たネパール大地震を伝えるニュース

 

ラサでその後の対応を協議したところ同行者は帰国を希望し、僕はそのまま旅を続けることができた。これは不幸中の幸いだった。

 

ガイドたちと弔う旅にふさわしい場所について話し合い、ラサから北のナムツォや東のニンティ方面へ向かうことになった。

ラサの北約130km、チベット三大聖湖の一つであるナムツォ（海抜4,718m）の南東部にせり出したタシ島では多くの巡礼者が祈りを捧げていた。チベット最初の僧院であるサムイェ・ゴンパ近く、無数のタルチョがはためく孜隆山では祈りを込めルンタを撒いた。

 

ナムツォのタシ島で巡礼する人々

 

孜隆山でたなびく無数のタルチョと空へ舞い上がるルンタ

 

その後は彷徨うように東へと向かった。路傍のテント状に掲げられたタルチョが目にとまり車を降りて撮影していると、雪が降りはじめ一瞬にして吹雪へと変わった。その吹雪の向こうから何か黒くうごめく集団が見え、やがて現れたのは100頭以上のヤクを放牧する少女だった。その少女は生まれたばかりの小さなヤクを抱きかかえ、そばにはヤクの母がそっと寄り添っていた。少女は一度だけ振り返り、吹雪の中へと消えていった。

 

この旅でカイラス山へ行くことは叶わなかった。しかし少女の写真を撮り終えた瞬間、これは彼が撮らせてくれたんだと感じ弔う目的は達成できたのだと思った。

 

 

放牧する少女（日経ナショナル ジオグラフィック写真賞2015 優秀賞）