「テープレコーダーを回す、故に我在り」ライター　深町泰司

私の手元に、森光宗男さんのインタビューテープがある。
正しくいえば、テープではなく音声データだ。
タイムスタンプは2012年の12月10日。
その日は月曜日で、美美は定休日だったと記憶する。
空気の澄んだ冬晴れの、寒い日だった。

ミルの動く音がして、森光さんが美美のネルについて喋っている。
定休日のしん、とした店内。音声は記憶を喚起する。
窓から差し込む柔らかな光が、森光さんを包んでいた。
その令名はよく存じ上げていたから、むろん緊張感はあった。
しかし、それよりも、僅かな時間の中で、
この人物に迫らなくてはならない、という意識の方が勝っていた。
どこかに逸る気持ちがあったはずである。

森光さんが、開店は35年前の12月８日だと話し始める。
相手のペースになっては……と思い、
私は、吉祥寺の「もか」で働き始める以前のことから伺いたい、と切り出した。
「高校を卒業してから東京に行きまして」と
言う声にいくらか困ったようなニュアンスがあって、答えが途切れる。
コーヒーの抽出が始まったのだ。
およそ３分間の沈黙の後、森光さんは再び口を開いた。

インタビューは一期一会である。
少なくとも私はそう考えている。
その後、相手と親しい関係性をつくりたいとは思わない。
それは書き手としての矜持であるとともに、一対一で向かい合ったときの印象や、
相手の貌や像を、
いつまでも自分の中に留めておきたいからでもある。
あの滴一滴と滴り落ちるコーヒーの音を聞いた息詰まるような時間は、
いつまでも忘れることのない、私にとって大切な記憶である。

深町泰司