支援総額
目標金額 610,000円
- 支援者
- 61人
- 募集終了日
- 2015年11月27日
「あすという日が」作詞:山本櫻子、作曲:八木澤教司
町外れにある仮設の入り口には、見上げるほどの大木がそびえたっていました。我々が最初に訪問したのは春でしたが、風の強い日で、談話室の中に入ってからも歌声が風の音で聞こえないほど荒れた天気でした。
「あの木が泣いている、って近所の人は言ってるんですよ」
そう教えてくれたのは、談話室の施錠を管理している、住民のリーダー的存在だった女性でした。この日、仮設の空き地に住民の皆さんが団結して、園芸用のスペースを作り、土作りから種まきまでを汗だくになりながら取り組んでいたので、園芸大好きな私も興味深くをその様子を見ていました。風にあおられて、肥料の空き袋がバタバタと震えているのを、あららこららと楽しそうに抑えている光景は、大変そうですがとても和みました。
「樹齢がすごそうですよね、ビルの四階くらい高さがあって」
「ずっと、この土地を見守っていたんでしょうね」
談話室の壁には、この女性を始めとした住民の方々が冬の間に作り続けたふくろうのマスコットが、所狭しと飾られていました。定期的に遠方から手芸の指導に来ている基督教会のボランティアさんが、オリジナリティ溢れる表情のふくろうを考案して、皆さん気に入って毎日作り続けていたのだそうです。ふくろうは枯れ枝にボンドで固定されて、まるで本当に生きているようなたたずまいを醸しだしていました。
私はいつも通り、昭和の流行歌や童謡唱歌、民謡のリストを提示して、皆さんからリクエスをもらい、何曲も歌を歌いました。参加した方々は仲睦まじく、最初は遠慮がちでしたがリーダーの女性に促されて、どんどん声をあげてくれました。
「いつだったか覚えていないけど、NHKの番組を見ていて“あ、この歌素敵だな”って思った合唱曲があったの。歌の先生、ご存知ないかしら?」
彼女がリクエストした合唱曲は「あすという日が」という題名でしたが、私は残念ながら聞いたことがありませんでした。
「あら残念、まるで被災地に暮らす私たちを励ましてくれるような歌詞で、曲も良かったのよね」
「申し訳ありません、次回までに練習して歌詞を用意してきます」
他の仮設同様、訪問のたびに宿題が増えていった時期ですが、合唱曲を宿題に出されたのはこれが初めてでした。私は被災地巡回ノートに記録して、この日の活動を終えました。
自宅に戻ってから、インターネットでこの曲を調べてみたところ、彼女が「まるで被災地に暮らす私たちを励ますような」と言った歌は、実は東日本大震災より五年も前に関西の合唱大会を契機に作られたものでした。全く無関係のこの曲は、東日本大震災をきっかけに再び全国で歌われるようになりました。彼女が感じたと同様、詞の内容が震災で傷ついた人々を励ますように感じられたのでしょう。サビの部分から転調する曲調も、非常に厳かな印象を与える、清々しい楽曲でした。
次の訪問の日に、残念ながらリーダーの女性はいませんでした。たまたま不在、ということではなく、既に新居を建築して引っ越していった、と他の方から聞きました。季節は夏になり、彼女たちが一生懸命育てた作物は青々と茂っていました。壁のふくろうたちも、変わらずにそのまま佇んでいました。まるで置き土産のようだ、と私は思いました。
「引っ越していった彼女、収穫の時期には遊びに来るんじゃないですかね。トマトもきゅうりもシソも、育つのを楽しみにしていましたものね」
私は他の住民の皆さんに、そう問いかけましたが、皆さんは複雑な表情のまま何も返事をしませんでした。終了後に機材を車へと運ぶ際、手伝ってくれたお一人の方から、リーダーの女性とはあまり良い別れ方をしなかった‥というニュアンスの言葉を聞きました。良い別れ方ではなかった、とはどういうことなのか?私はもっと詳しく事情を聞きたかったのですが、あまりに僭越な質問かもしれない‥と思いとどまりました。
この町外れの仮設へは、その後も何度か訪問しましたが、訪れるごとに参加する人数は減っていき、全く参加の無い日もありました。巡回スケジュールを担当してくれていた自治体の部署に、この状況を連絡すると、次の訪問で最後にしてくれて構わない‥という返事が来ました。その分、もっと音楽療法を必要としてくれる場所に行ってもらった方が良い、という判断のようでした。
三ヶ月後、その仮設に訪問する最後の日を迎えました。季節はめぐり、木枯らしの吹く寒い日でした。入り口にそびえたつ大木からは、最初の訪問日を彷彿とさせる泣き声のようなうなりが響いていました。アシスタントのなすちゃんは所用のため、市内に残っていたので、私ひとりの訪問でした。誰もいないだろうな、と思って談話室に入ると、今まで一度も参加したことのない、大柄な高齢の女性がテーブルに頬杖をついて待機していました。私はあいさつをして、音楽療法の活動を行うことを告げると、女性はにこやかに“お待ちしてましたよ”と言いました。
「私、ここの住人なんですけど、明日引っ越すんです。今まで一度もイベントなどに出たことが無かったので、最後の思い出にと思って来てみました。迷惑じゃないですか?」
「迷惑だなんて、とんでもない。一緒に何か歌いましょう」
私がキーボードを設置して、歌詞の模造紙を並べているのを、女性はじっと眺めていました。懐メロの題名を丁寧に吟味して、いくつか戦前の曲を私に告げ、ホワイトボードに張り出してから二人でいくつか歌いました。声はあまり出ていませんでしたが、とても美しい発音で歌ってくれました。
「私ね、ここでも一人暮らしだったけど、引越し先でも一人なの。津波で、私以外の家族みんな流されちゃったから。夫も、子どもも、孫も。一人で生きていても、楽しみも希望も無いのよ。でも、命のあるうちは死なないで、生きていこうと決心したの。遠くない将来、家族とはアッチで会えるんだものね。急ぐことは無いわよね」
私は彼女の言うことに相槌を打ちながらも、何も気の利いたことは言えませんでした。その代わりに、リーダーの女性と約束した「あすという日が」をこの仮設で初めて歌うことにしました。歌いながら、私は胸の奥からこみあげてくるものがありましたが、震えながらも最後まで何とか歌い切ることができました。
「良い歌ですね、初めて聞きました。明日という日‥私の家族には来なかったけど、私にはまだ来るわね」
歌い終わって、まだ数分の活動時間が残っていました。私は何かしゃべろうと思って、頭をフル回転させていたのですが、女性がふと私に質問しました。
「歌の先生も、誰か大切な方を亡くしたことがあるの?」
窓の外では、あの大木が風に吹かれて再び大きな泣き声をあげていました。
(続きます)
リターン
3,000円

①お礼状(ポストカード)
- 申込数
- 34
- 在庫数
- 制限なし
- 発送完了予定月
- 2016年2月
10,000円

①お礼状(ポストカード)
②写真集1冊
③当法人ホームページへお名前の記載
(掲載を希望されない場合はご連絡下さい)
- 申込数
- 20
- 在庫数
- 制限なし
- 発送完了予定月
- 2016年2月
3,000円

①お礼状(ポストカード)
- 申込数
- 34
- 在庫数
- 制限なし
- 発送完了予定月
- 2016年2月
10,000円

①お礼状(ポストカード)
②写真集1冊
③当法人ホームページへお名前の記載
(掲載を希望されない場合はご連絡下さい)
- 申込数
- 20
- 在庫数
- 制限なし
- 発送完了予定月
- 2016年2月

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