初代勤務犬ハンドラー 長江先生からのメッセージ

2015年聖マリアンナ医科大学病院に勤務犬が誕生した。大学病院では全国初である。初代勤務犬には撫でられることが大好き、人が大好きなミカが選ばれた。ハンドラーには病院職員のベテラン看護師長と小児外科医の私が選ばれた。通常の仕事との兼務でハンドラーの仕事をこなす必要があり、看護師不足の中、病院全体のバランスを考えての事であった。

 

動物介在療法のハンドラーといっても、見本もいなければ教えてくれる人もいなかった。それでも大切にしてきたことは、動物介在活動は単なる癒しではなく、医療の一環として動物の力を用い本来の治療を補助することであった。患者個人の問題点を抽出し、一人一人の目標を設定し、活動の実践後にはしっかりと評価をして医療に還元することを欠かさないようにした。全てが手探りの状況からのスタートであったが、やり遂げることができたのは、もう一人のハンドラーの佐野さんがいてくれたからだと思う。常に厳しく、時に優しく私を引っ張って行ってくれたことに感謝している。終わってみれば、初代勤務犬ミカが引退する2019年まで250名を越える患者様に動物介在療法を提供することができた。パートナーの佐野さんと、ミカを貸与してハンドリングの指導をしていただいた日本介助犬協会の皆さんと一緒に歩んだ５年間であった。

 

 

ベッドサイドで感じたことは犬の力の凄まじいことである。医療従事者が尽力しても、なかなか引き出すことのできない患者の闘病意欲の向上や、心からの笑顔を勤務犬はいとも簡単に引き出してくれた。勤務犬のそばにはいつも患者さんを中心として、そのご家族や医療スタッフなどたくさんの笑顔が溢れた。病院とは思えないほど明るく、穏やかな時間が流れることを度々経験した。

 

そんな中、ハンドラーとして仕事を重ねながら、動物介在療法の効果を認めやすい患者と効果の少ない患者がいる事に気づいた。その原因についてずっと考えてきたが、ようやくその理由がわかったように思う。それは勤務犬と一緒に患者さんのことを思い、患者さんに寄り添ってくれる人間の存在である。患者さんの事を一生懸命考えてくれる家族や看護師の思いが強いほど、動物介在療法はより効果的な治療として効果を発揮するのである。当院の動物介在療法は週２回の活動であるため、活動日以外は勤務犬と触れ合うことはできない。しかしその期間を上手に利用し、患者に励ましの言葉をかけたり、犬の写真集を作るなどして患者のことを思ってくれる医療スタッフや家族がいる場合には、その効果は10倍ににも100倍にもなるのである。動物介在療法は犬だけでは成り立たず、それを取り巻く医療従事者、家族も一体となり、患者に寄り添っていくことが一番大切なことなのだと感じている。

 

 

小児外科の先輩医師に言われた言葉がある。「日本に手術ができる小児外科医はいっぱいいるけど、勤務犬をあつかえる小児外科医はお前だけだ・・・。」言われた時はピンとこなかったが、今はハンドラーとして多くの患者さんに巡り会えたことを誇りに思う。最先端医療を行うよりも、多くの患者を思い、多くの患者の心に寄り添う事ができたことができたことは私の医者としての人生で大変有意義な時間であったと感じている。ハンドラーの経験は数年しかないが、十数年以上経験した外科医人生と同じくらい、医師として、人間として、貴重な経験をしたと思っている。当初、損な役回りと思っていたハンドラーは、実はプラチナチケットであった。

これからの時代、動物介在療法の需要が増えることは間違いないであろう。多くの病院でこの素晴らしい動物介在療法が導入されることを願ってやまない。そのために、なんとしてでも、聖マリアンナ医科大学の動物介在療法を継続することが私たちの責務であると考えている。

 

聖マリアンナ医科大学病院

医師（小児外科）／ 初代勤務犬ハンドラー  長江秀樹