

元就公には、三本の矢の話や酒との接し方の話で生き方の勉強をさせていただきました。銅像を見に行くという楽しみができると思いました。微力ながら支援させていただきます。
ご支援ありがとうございます。元就公は兄興元が酒害で早世した事から健康管理に人一倍用心をしていたと記録されいます。上戸と下戸と云うようですが初めて会う人へのもてなしは相手に合わせて酒か餅かと聞いてよい関係を造っていたようです。当時としては75歳という長生きをしたのもそれがあっての事だと思います。元就公には学ぶべきことがたくさんあります。元就公の銅像が語り掛けてくれたらと思います。

伊達政宗や武田信玄等といった大河ドラマの主役に抜擢された戦国大名であるにも関わらず、また戦国屈指のその知略を以て謀神とも称えられる元就公の立像が、生前の居城跡地に無いことは以前より寂しく思っておりました!
先日石丸市長が述べられたように地方の実情は時間の経過と共に厳しい状況となっており何かしら微力ながら出来ることはないかと逡巡しており、その最中でこの活動を知り応募させて頂いた次第であります。
追伸:ガイドブック「小早川隆景」楽しみにしております
主の込めたご支援に感謝致しております。この度の銅像づくりは皆様方のおかげさまで現実のものとなります。
その元就公の銅像が少しでも街の再生に役立ち今の世代の人達一人ひとりがまちづくりの当事者として行動を起こすするきっかけとなることを願っています。
「子供たちに夢と希望を市民に誇りと勇気を」
(※恐縮ですが「小早川隆景」のガイドブックは当プロジェクトに於いては扱っておりませんので悪しからずご了承下さい)

何度も安芸高田市、吉田郡山城に行っております。毛利元就公の功績を後世へと残していきたく、微力ながら賛同させて頂きました。今後とも応援致します、どうぞ宜しくお願い致します。
ご賛同いただきありがとうございます。最近の調査で郡山城には本丸はじめ大小四百もの郭という削平地があるようです。毛利家が萩に転封された後に描かれた郡山城図に48か所の二重櫓と三層の天守が描かれています。これらを再現するのが私たちの最終的な大きな夢ですが、まずは元就公の銅像づくりと歴史的な古民家を改装した上質な宿と飲食施設づくりを優先して取り組んで参ります。皆様の応援にお応え出来るよう頑張ります。

頼山陽の日本外史を読み、海外の英語文献で日本の歴史を学んでいるグループHiroshima's Historiographersです。毛利元就銅像の設立に意義を感じ、メンバーから寄付を募って支援させていただきました。
ご支援いただきありがとうございます。
頼山陽は元就120万石の本拠地安芸国を継いだ浅野家の有名な儒学者で幕末「薩長芸同盟」と幕府軍との戦にも影響を与えた人物ですが、英語版日本外史を学ばれているのも元就公と何か良いご縁あってのことと思います。ご賛同いただきとても嬉しく思っています。

安芸高田市民です。
郡山でよく遊びました。応援しています。
地元毛利の里からのご支援誠にありがとうございます。
皆様からよく郡山と学校の思い出話しを聞きます。
私たちの世代も郡山春夏秋冬それぞれの遊び方で幼馴染とよく遊びました。子供のころはその郡山城の価値も知らず、大人になって少しづつ分かってきましたが、むしろ市外県外の方々がその価値を良く知って来ておられたように思います。
今や「元就公(=郡山城)・神楽22団体・サンフレッチェ広島」という県内でも有数の三つの観光コンテンツに恵まれた安芸高田市の中で石丸市長と市議会がそれぞれの街づくりにかけた想いと手法で激論を交わす姿がYouTubeで毎回公開され、全国1700の市町で一番の注目を集めるほどになりました。その結果安芸高田市6町の市民も市政に当事者意識と関心を持つようになり、毛利の里安芸高田市の将来に一筋の明るい兆しが見えて来たように思います。
今回初となる元就公の銅像が将来のまちのシンボルと成ることを切に願っています。
明日の23時にはその想いに賛同して頂いた皆様からの「ご支援の想いがカタチになる”最終結果」が決まります。

ギリギリ遅くなってしまいました。とても素敵な企画をありがとうございます。応援しています。
ご支援に感謝致しております。59日間にわたる「初の毛利元就公銅像新設」へのチャレンジは明日22日23時に終わりを迎えます。先日掲げた第二目標1200万円は21時現在1255万円に達し明日最終日には1300万円を超える勢いです。主催軸局役員一同本当にありがたく感動しております。
超過分は「より大きく美しく安全な元就公の銅像づくり」に有効活用させて頂きます。
▶高さ328㎝(ミツヤ)→453㎝(元就公今年453回忌)と個人10万円コース「ご芳名銘板の更なる品質向上」、「夜間ライトアップと安全設備」、「ご支援者様全員の芳名録データ版のご提供」の実現を目指します。
❑補足:台座の黒御影石に取り付ける法人個人様の銘板は「貼り付け→はめ込み」にして安全と美観を担保します。

頑張ってください!
毛利の里に多大なる恩恵をもたらして頂き、またこの度は全国サポーターの皆様方からも応援を賜り心より篤く御礼申し上げます。
先週13日には郡山城麓毛利家の祈願所清神社(すがじんじゃ)で毎年この季節恒例の「サンフレッチェ広島必勝祈願」にお越し頂き、仙田社長はじめスキッベ監督と選手全員が参拝して「巨大な絵馬」を奉納され、甲冑姿の元就公から「リーグ制覇を祈念した三本の矢」が手渡されました。今年は新しい「まちなか本拠地エディオンピースウイング広島」で開幕戦を迎える初年にあたり、例年にも増して意欲溢れる戦勝祈願になったように思います。
毛利の里安芸高田市は常にサンフレッチェ広島と共にあります。
頑張ってください!
ご支援ありがとうございます。明日22日木曜日大安吉日の最終日23時まで主催事務局一同全国の皆様からのお申し込みをお待ちしております。
翌23日金曜日祝日は元就公とご縁の深いサンフレッチェ広島の2024年開幕戦が真新しい「まちなかスタジアム・エディオンピースウイング広島」で開催されます。マザータウン毛利の里吉田の寮に暮らし郡山城麓の吉田高校に通い練習に励むユースの若き選手達、全面天然芝の練習場で準備を整え開幕戦に向かうトップ選手達、、この記念の日にこれまでご支援頂いた皆様と協力団体の皆様とともに達成の喜びを分かち合えることに主催事務局役員一同心から感謝致しております。
頑張ってください!
ご支援ありがとうございます。全国多数の皆様方のご支援のおかげさまで4日前に第一目標を超えることが出来ましたので現在銅像づくりの準備を始めています。
元就公のお顔はプロジェクトの表紙にある毛利博物館所蔵の「没後数年後に描かれた晩年の肖像画」で知ることができますが、「若き日の元就と伝わる床几に腰かけた勇ましい肖像画」や「毛利家の御座備図」の中に三人の息子達と一族重臣が描かれた肖像画」も現存しています。これらと現徳山毛利ご当主をお招きしてデザインされたお顔の立像になる予定です。

私は琴崎鐡郎の次女です。百万一心や三ツ矢の教えを聞いて育ちました。毛利元就さんの像を造られることに賛同致します。頑張ってください。
ご支援頂きありがとうございます。
お父様から託された「百万一心」の篆刻作品を宮島の「町家の宿汐まち庵/汐まち寿司つるみ」の小上がり座敷に掲げて、全国と全世界の観光客の皆様にご覧頂いています。
また、活動報告でもご紹介しましたように、「元就の三矢の訓」に因む三本の矢をチーム名と紋章に掲げ、このプロジェクトにも大きな影響を与えて頂いているサンフレッチェ広島は先週13日、恒例の戦勝祈願が吉田郡山城の麓に往古から鎮座する毛利家の祈願所清神社(すがじんじゃ)で開催されました。元就公に扮した鎧武者がスキッベ監督に三本矢を渡す儀式が毎年新聞テレビで報道されます。今年は日本有数の新しい本拠地マチナカスタジアム・ピースウイング広島が完成して今月10日にオープニングイベントが開催され3万人のファンが訪れました。この記念の年に全国の皆様のご支援で初の元就公の銅像が新設される運びとなったのも記憶に残る必然の出来事だったのかも知れません。
あらためまして皆様のご支援に感謝申し上げる次第です。

城郭への興味から、日本城郭検定1級連続合格、今年9回目を目指している者です。日本百名城二巡、続百名城一巡と多く城を訪れましたが、郡山城は、最も印象に残ったお城のひとつでした。応援してます、頑張って下さい!
城郭有識者様のご支援大変心強くとても嬉しく感謝致しております。全国合計200か所の名城を回られたとのこと、
3回目の登城は是非とも初の元就公銅像完成除幕式にお越しください。5月末にはご案内できると思います。
よろしければ特別ゲストとして郡山城への想いを語って頂けたら幸いです。
残り二日となりましたがここ一週間急増したご支援者の皆様のおかげさまで第二目標の1200万円も超える勢いです。
その予算でより美しくより大きく安全な銅像を造って皆様に喜んで頂けたらと考えております。

事務局にご依頼いただいた代行支援手続きが完了しました。
安芸高田市吉田町にお住いの佐々木様 10万円コースご支援ありがとうございました。
毛利の里からご支援賜り誠にありがとうございます。
中国地方最大の山城吉田郡山城に領民3千人を収容して戦った毛利元就、今も年配の方は親しみと感謝を込めて「毛利さん」と呼びます。初の元就公の銅像が完成するのはもう間近です。

事務局にご依頼いただいた代行支援手続きが完了しました。
安芸高田市吉田町にお住いの倉本様、10万円コースご支援ありがとうございました。

事務局にご依頼いただいた代行支援手続きが完了しました。
安芸高田市吉田町 郡山城麓にお住いの髙畠様、10万円コースご支援ありがとうございました。
元就が生涯を過ごした日本100名城郡山城麓からのご支援に事務局一同感謝致しております。元就公の訓えと銅像に込めた皆様の想いを50年100年先の後世に伝えると共に毛利の里観光振興のシンボルと成ることを願ってやみません。残り3日間思い残すことの無いよう事務局一同第二目標に向けて全力を尽くします。

正一位・毛利元就公の銅像の募金について遅ればせながら、本日(2月18日)気付いたので、急ぎ参加させていただきました。
気付いたのが期限前でよかったと安堵しております
広島市には、「広島」の名付け親である輝元卿(元就公の嫡孫)の銅像を作りたいと思っております。

素敵なプロジェクトの成功を祈念しています

頑張ってください!

活動を応援させて頂きます。
良いものができることを願っております。

頑張ってください!

頑張ってください!

安芸高田市の観光名所のひとつとなることを期待しています。
ご支援ありがとうございます。観光の名所と成るべく初の元就公銅像建立の後も協力団体の皆様と共に全力を尽くします。
昨年来石丸市長と市議会議員とのシナリオの無いガチンコ勝負でそれぞれの街づくりの想いを熱くぶつけ合う議会が地方市町の縮図とも云われて全国的な話題となり、生放送と動画を毎回放映する「YouTube安芸高田市公式チャンネル」の登録者数が全国約1700市町の内1位と2位の神戸市と東京都を今年1月わずか2.7万人の毛利の里安芸高田市が抜いて日本一の23万人の登録者数になり視聴者数100万人超えも珍しくなくなり全国からの見学者やメディアや観光客が増えるという現象が起きています。
その予想外の盛況振りに市民皆驚いているところですが、市民が市政に関心を持ち、まちづくりの当事者意識が持てる良い機会になったことは間違いのない事実であり、まちにとっても市民にとっても大きな成果だと思います。
私たちのまちには「元就・神楽・サンフレッチェ」3つの恵まれた観光コンテンツが存在しますが、それを活かし切れていないのもまた事実だと思います。
この度全国の皆様からのご支援で成り立つプロジェクトがまちの観光振興のシンボルとしてにお役に立てることを願うばかりです。

事務局にご依頼いただいた代行支援手続きが完了しました。
安芸高田市吉田町 郡山城麓にお住いの世羅様ご支援ありがとうございました。
毛利の里郡山城内麓からのご支援ありがとうございます。
現在元就公銅像の新設場所の候補として郡山城内麓の巨大な石造りの三矢の訓え顕彰碑がある元少年自然の家傍の歴史民俗博物館が適地とする声が多いようです。
ふるさとの人づくり街づくりのシンボルとなることを願っています。

ずっと何故毛利元就には銅像がないのか不思議で、また残念に思っていました。
素晴らしい企画をありがとうございます。
戦国武将の中で毛利元就が一番好きです。
興味を持ったきっかけは某ゲームでしたが、史実を調べていくうち現実の元就公の人となりを尊敬するようになりました。
武将としての功績も素晴らしいですが、私は何より残されている文章に心打たれました。
和歌やお手紙の数々から受け取れる、戦歴の苛烈さとは随分違った印象の柔和さや繊細さ、人間臭さに強く惹かれています。
銅像が作られる事で、武人としての偉業だけでなく、文人としての元就公の魅力も広く知ってもらえたらといいなと思います。
長々と乱文を失礼致しました。
プロジェクトの達成を願っています。
ありがとうございます。元就公も毛利の里の皆様もきっと喜んでおられることと思います。
日本一の勝率8割を誇る元就公は人を大切にするが故の戦わずして勝つ戦略知略謀略に秀でた戦国武将のイメージで語られることが多いように思います。
仰るように実は戦国武将一二とも云える筆まめな武将で文人であり歌人です。鎌倉幕府の頭脳と云われる大江広元を祖とする毛利家のDNAが全国の戦国武将中最大量の文書で有名な重要文化財「毛利文書」を残した所以です。
中でも三兄弟の母である正室を亡くした後の元就を私生活で支え続けた「中の丸」と云う後妻に宛てた”ラブレター”とも言える数多くの直筆手紙や三兄弟の一致団結を長々と諭した「三子の教訓状」は元就の人となりを顕著に顕した類まれなる文書として有名です。
鎌倉時代から今に続く毛利家700年の歴史を紡いで来られたのも、毛利家中興の祖であり明治新政府と近代日本の礎を築いた人物の一人として有名な元就公の功績あってのことと思います。
先週と先日、ご協力頂いている「YouTube毛利家歴チャンネル」を自ら運営されている徳山毛利家現当主毛利就慶様と三矢をチーム名として安芸高田市をマザータウンとする「サンフレッチェ広島」を率いる仙田社長様とお話しする機会に恵まれ、この度の初の元就公銅像新設実現への想いを語り合うことができました。
2月22日23時の最期まで有志皆様のお力を頼りに全力を尽くす決意を新たにした次第です。

頑張ってください!
同名連続三人様全国112人目のご支援ありがとうございます。
本日16日金曜日は1日で個人様5件と法人様2件のご支援を賜り、入金手続き済ご支援確定9,545,000円と入金手続き待ちのご支援を合わせますとほぼ第一目標10,000,000円に達しました。
あらためまして全国112名の有志の皆様に心より篤く御礼申し上げます。
次週19日月曜日より第二目標12,000,000円と定めて、100年先を見据えたより良い銅像づくりにチャレンジしたいと思います。
明日17日土曜日からの6日間、19日月曜日から22日23時まで最期の4日間、皆様と協力団体の皆様と共にもうひとがんばりしたいと思っておりますので何卒宜しくお願い致します。

頑張ってください!
同名様お二人目のご支援ありがとうございます。
2月13日火曜日には恒例のサンフレッチェ広島戦勝祈願がマザータウン安芸高田市の日本100名城郡山城内山麓に在る清神社(すがじんじゃ 中世京都祇園社の荘園の鎮守紳 毛利家の祈願所 京都吉田神社の卜部兼右が参篭するなど朝廷や京都文化人とのつながり深く神宝多数 千年杉林立 オリンピック選手の祈願所 パワースポット)で開催されました。
3日前の10日には日本有数のまちなかサッカースタジアム、ピースウイング広島のオープニングセレモニーが開催され、元就の三矢をチーム名としたサンフレッチェ広島の躍進が期待される思い出に残る年となりそうです。
今日はご協力いただき大変お世話になっているサンフレッチェ広島の新本社にご挨拶に伺って参りました。
奇しくも昨年の元就郡山城入城500年記念企画の最期を務めることになった「初の元就公銅像建立企画」の実現はもう間近となっております。

素晴らしい企画をありがとうございます。
ご声援とご支援に感謝致しております。主催者事務局一同実現に向けて益々元気に取り組んでおります。
子供たちと次世代次々世代に名を残し、近代日本の礎を築いた多くの英雄の一人安芸国の英雄元就公のおしえと有志の皆様が銅像に込めた想いを繋いで、大切なものを護り伝える一助となればと願うばかりです。

某ゲームで初めて元就公を知り、大河ドラマで魅力的な戦国大名だと思いました。百万一心の心でこの度の銅像製作に僅かですが応援します。
立派な銅像を楽しみにしています!
ご支援頂きありがとうございます。次回の活動報告ではチラシとREADYFORのホームページで公開済みの「元就公銅像図面の拡大図面」を掲載していますので、よりリアルにイメージして頂けると思います。7月以降に毛利の里安芸高田市に来られた時に郡山城域の何処か、または昨年来YouTube市役所公式チャンネル登録者数が東京神戸を抜いて今年1月日本一となったことで更に観光地化しつつある安芸高田市役所辺りに「高さ328㎝の初の元就公の銅像」が建てられている事を想像して日々実現に向けて励んでいます。愉しみにしていて下さい。

戦国武将の中で元就公が一番好きなので、支援させて頂きました。完成まで頑張って下さい!
ご支援と元就公へのお言葉誠にありがとうございます。READYFOR当ホームページの活動報告のコーナーでご紹介した「YouTube毛利歴史チャンネル」を運営して今回の「元就公銅像建立」にご協力頂いている元就公輝元公を祖とする徳山毛利現当主毛利就慶(ナリヨシ)様に昨日徳山(現在周南市)でお会いしました。
この日毛利町にある歴代当主の墓所に案内された時の事ですが、近所の方が親しく毛利さんと声を掛けられ、採れたての大根を渡され、就慶様が「ありがとう」と言って受けておられました。徳山では日常的な風景のようです。
私見ですが戦国時代大小280家とも云われた大名家の中で今に続く大名家の内、さん付けで地元から親しみと感謝を込めて呼ばれるのは毛利さんと正公さん(熊本城を築いた加藤清”正”)くらいでしょうか。より人を大切にして来た武将の証ではないかと思います。
鎌倉幕府を支えた大江広元を初代として7百年以上続いて今に至り、その間歴史の節目節目で大きな役割を果たした毛利家の中興の祖と言われる元就公は地元に残る数々の逸話や、今でも徳山と同じく親しみと感謝を込めて「毛利さん」と言われることから正に人を大切にした大名の代表格だと思います。(であるが故の厳しさもあり現代の経営者にも通ずるところです)
故に元就公は人々の心の中に生き続けていて、これまで銅像を必要としなかったのではないか、、とも思われます。
が、今世の中は百年に一度と云われる歴史の転換期にあたり、先の見えにくい時代となりました。今こそ目に見えるカタチの銅像を建立して元就公の訓えを世に広め、次世代~次々世代に繋ぐ指針となれば、との想いで毛利の里の協力団体の皆様とREADYFORの皆様と連携して全国有志の皆様と共に「初となる元就公銅像の実現」を目指しています。

事務局にご依頼いただいた代行支援手続きが完了しました。
安芸高田市吉田町の河原様、ご支援ありがとうございました。
代行支援手続きでのご支援ありがとうございます。現在目標達成向けて皆様から毎日届くご支援のおかげさまで一歩一歩着実にゴールを目指して進んでいます。

頑張ってください!高田郡出身者として、応援しております。
ご支援に感謝致しております。毛利の里高田郡6町が合併した安芸高田市は今年2024年3月1日20周年を迎えます。
その前の2月22日締め切り日までに全国の支援者の皆様と石丸市長の安芸高田市役所、教育委員会はじめ協力6団体の皆様と力を合わせて「初となる元就公の銅像建立」を現実のもとします。
先月全国約1700の市町のYouTube公式チャンネル登録者数ランキングで一位神戸19万人2位東京17万人を抜いて、今月半ば既に23万人にまで急増した市長と議会の台本のない真剣勝負が注目を浴びて全国市政の縮図とも云われる毛利の里安芸高田市は今正に再生しようとしています。

事務局にご依頼いただいた代行支援手続きが完了しました。
安芸高田市甲田町の教徳寺 宍戸様、ご支援ありがとうございました。
毛利の里の寺院ご住職様からのご支援に主催者事務局と協力6団体一同感謝致しております。
かつて戦国時代120万石の城下町として栄えた毛利の里安芸高田と広島県には元就公と毛利家にご縁の深い寺院がたくさん現存しています。戦国時代現在の大阪城の地に在った大城郭とも云える大寺院本願寺を救う兵糧を満載した毛利水軍800艘と織田信長の水軍300艘が戦った大阪湾の第一次木津川口の戦いに毛利水軍と西瀬戸水軍の連合軍が大勝利したことは有名ですが、その時毛利西瀬戸連合軍水軍と一体となって戦った寺院の一つが今回ご支援頂きました教徳寺宍戸住職様であり、地元では四本目の矢と云われる元就の娘婿の家筋で毛利家の永代家老宍戸家を源流とする寺院です。早々にご支援頂きました高橋住職の敬覚寺も元就の兄興元の正妻の実家高橋家から続く名刹です。
全国の皆様と地元安芸国広島一体となった「初となる元就公の銅像建立」の実現に向かって邁進します。

