不安タスティック

不安タスティック！

そんな風に叫びたくなります。暴力にあふれた、この日本という国で暮らしていると。

あまりにも不安すぎて「ファンタスティック」という、真逆の意味でありながら、語感が近い言葉に寄せながら叫んでみたくなるのです。

誰かのアジテーションに乗っけられて、ヘイトな落書きをする人たち。

勝手な正義と国旗をふりかざして、チマチョゴリを切り裂く人たち。

都合良く切り取った歴史解釈で、言葉の爆弾を落とす人たち。

自分を大きく見せるためだけに窓ガラスを割る人たち。

おそらく、そんなことをする人たちの理由は様々でしょう。

「あの国がミサイルを発射したニュースを聞いたから」

「日本は誇り高い民族で、あの民族は低俗で違うから」

「あの総理大臣が言っているし正しいから」

「コロナ禍でむしゃくしゃしていたから」

どんな理由にせよ、そんなヘイトと呼ばれる爆弾を落とされてしまった側の人たちが流すのは、いつも同じもの。

不安な心持ちは、いつも消えはしません。福岡朝鮮初級学校への哀しい嫌がらせもなくなりません。そんなニュースを耳にするたびに、暴力的な事件がいつまで続くのか、と哀しくなります。

人間はどこまでも愚かで、どの時代にも同じ間違いを犯してしまう生き物なのでしょうか。

 

人間が感じる一番の恐怖とは、わからないこと。

古代の人たちは電灯もない時代、暗闇をもっとも恐れたそうです。暗闇は人々の恐怖を大きくして、妄想の中から妖怪などのクリーチャーをも誕生させたのです。深夜でも、２４時間体制の店舗の灯りが点灯している現代からは、古代人の闇夜の恐怖は想像が難しいかもしれません。でも、その見えない恐怖は現代から消えてしまったのでしょうか。

恐怖で見えなくさせていること。それは、同じ場所に住む在日コリアンたちを、自分と違う考えの人たちを、権力を自由のままにつかう政治家たちを、自分の頭の中で醜悪で巨大なモンスターに作り変えてしまうこと。その恐怖の連鎖は、きっとスピードも早く感染力も強いのでしょう。

でも、人類は愚かな部分だけを持つものだけではありません。

きっと、そうじゃないかな。

いや、そう思いたい。

 

韓国・ソウル旅行でのこと。

交差点で信号待ちをしながら、次に訪問する場所を地図で確認している時でした。知らないおじさんがツカツカと歩み寄ってきたのです。日本語で「道に迷ってませんか？」と声をかけてきました。地図を確認しているだけだと御礼を言うと、彼はこんなことを言いました。

「アメリカに寿司レストランを営む日本人の親戚がいるよ。あなたは、日本のどこから来た？」

「福岡から」と答えると、

「あなたが暮らす福岡にも親戚がいる」とおじさんは言います。

さらに彼は「…だから」と微笑みながら、こう続けたのです。

「あなたと私とは親戚みたいなものです」

信号が変わると、そのまま笑いながら別れたおじさん。

そうかもしれない。もしも、その相手が親戚だったら。家族だったら。友人だったら。恋人だったら。その距離はぐっと近くなるかもしれません。

 

哀しいニュースが起こった時に、こう想像したい。

この痛みを一緒にわかちあって、乗り越えるために仲間が増えていくこと。差別自体が恥ずかしいことだと感じる世界が来るかもしれない。

きっと僕が想像するよりも、世界はずっとずっと広い。

差別に立ち向かう力強い勇気と、差別をなくすためのびっくりするようなアイデアを持つような、まだ知らない人と出逢えるに違いない。

今は不安だらけのままで、「不安タスティック！」と叫んでしまう気持ちでいるけれど、この先に、あるものを僕は見てみたい。

ファンタスティックに変わる、その時まで。

 

≪寄稿者：いのうえしんぢ（イラストレーター）≫

「日本の中の朝鮮～映像と語りあいから踏み出す一歩」というスローガンと共に、在日コリアンの歴史と今を考える連続イベント「ザ・人間サラミ工場（通称：サラコン）」を2010年に開催。福岡朝鮮初級学校出身の店主の人生を聞く「コリアうまいディナーショー～韓国料理店主ヒストリー」を2020年に企画担当。韓国発ロックサウンドの最新鋭バンド「Hyukoh（ヒョゴ）」を追っかけて、マイナス六度の極寒のソウルにまで行ったことも。

 

※「不安タスティック」は、みうらじゅん氏が生み出した造語です。

 

深水登志子が担当しました