
支援総額
目標金額 2,500,000円
- 支援者
- 277人
- 募集終了日
- 2016年7月29日
16才。言葉がわからないフィリピンで、私は女子高生だった
…………………………★★ 終了まであと【13日】★★…………………………
現在【80%】達成・あと【47人】からのサポートが必要です!
このプロジェクトをたくさんの方に広めてください!
………………………………‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥……………………………
長かったような、短かったような道のり。
このクラウドファンディングも残すところ、あと13日となりました。
たくさんの方々が寄せてくださったお気持ちを、日本語がわからない子ども達へ届けるために、必ず成功させます。
今日は私がなぜ、日本に暮らしている外国にルーツを持つ子ども達の支援をしているのか・・・その原点となった経験をお伝えできたら、と思います。
<第2の母国、はありますか?>
みなさんには、「第2の母国」と呼べる国はありますか?
私にとってそれは、間違いなくフィリピンです。
トップページに少し書かせていただきましたが、私は小中学校時代、いじめを受け続けていました。無視される、容姿などについて悪口を言われる、修学旅行の「班決め」では、他の子ども達が次々とグループを作っていく中で、最後の1人になってしまった・・・そんな子どもでした。
友人を作るのが苦手で、いつもノートの空白に落書きをしたり、本を読むことで、学校での苦痛な時間をやり過ごすような日々。
そんな状況は、高校に進学したあとも変わることがありませんでした。入学後数ヶ月ですでに高校生活も限界・・・と思っていた年の夏、私は私の父親とその友人で、元青年海外協力隊でフィリピン隊員だった方に誘われて、フィリピンへ旅行に行く事になりました。
初めてのフィリピン。初めての東南アジア。
フィリピンがどんな国か、何語を話しているのかすらわからないような状態で訪れたフィリピンでしたが、現地の人々から発せられる「生のエネルギー」にすっかり魅せられてしまいました。
その年度の3月には、通っていた都立高校に退学届けを提出し、渡比。フィリピンの公立ハイスクールに編入しました。
<英語も現地語もわからない「外国人の女の子」>
勢い、フィリピンのハイスクールに転入したものの、日本の高校時代の英語は赤点。もちろんフィリピンの言葉、タガログ語もまったく話せない状態で、人生初めてのひとり暮らしは、困難を極めました。
その当時のフィリピンは、現在とは異なりまだまだ本当に「発展途上」の国。私が当時暮らしていた地域はマニラから車で3時間以上も離れた山間の小さな町だったこともあり、コンビニも無く、買い物はもっぱら市場。定員との会話ができない状態では満足に欲しい食材を買うこともできませんでした。
1日8時間の停電は当たり前で、洗濯はタライに洗濯板。炊飯器ではなく鍋を火にかけて炊くお米はほとんどが焦げてしまう・・・そんな状況で、正直言って「学校で勉強を頑張る」なんてことを考える余裕はありませんでした。
<ずっと「アイドル」でいさせてくれた>
今思うと、よく生存できたな・・・というサバイバルな生活ではありましたが、小さな町だったこともあり、町の人の大半がこの、言葉もわからない、”町で唯一のニホンジンの女の子”の事を知っていてくれて、どこに行っても「イキ、どこに行くの?」「イキ、ご飯まだだったら食べて行きなさい!」と声をかけてくれました。
それは学校の中でも同じで、言葉がわからず、ただただ教室に座っているだけだった私でも、寂しさを感じるヒマもないくらいに、休み時間も授業中も、朝の通学時も放課後も・・・とにかく誰かが私の周りを囲んでくれていました。
そして私を連れまわし、ご飯を食べさせ、時には「夜遊び(田んぼの脇でたむろするだけですが・・・)」にも連れ出してくれました。
約1年間のフィリピンでの生活を通して、私はずっとその町の方々から「アイドル」のように扱っていただき、学校の勉強には最後までついていけなかったものの、あたたかな気持ちをお土産に持って帰国することができました。
・・・このすばらしく強烈な体験は、その後の私に大きな影響を与え続けました。帰国後は何度も足を運び、成人してからは、フィリピン国内の別の地域で2年間を過ごし、その後もフィリピンの子どもを支えるNGOを運営するなど、16才以降の私の人生のほぼ全てに、フィリピンという国とそこに暮らす人々が寄り添ってくれました。
<あの頃の私とは正反対の境遇に置かれた子ども達が、日本にいる>
2010年以降現在に至るまで、私は日本国内で、フィリピンにルーツを持つ子ども達をはじめとして、たくさんの外国にルーツを持つ子ども達を支えています。
それは、国内に暮らす外国にルーツを持つ子ども達が、16才の私が体験したこととは正反対の境遇に置かれていることも少なくないからです。言葉がわからず勉強にもついていけなかったけれど、一度も「孤独」を感じたことのなかったフィリピンでの私。
一方で、言葉もわからず勉強にもついていけず、孤独の中にある、日本での外国にルーツを持つ子ども達がいると知ったときは、大きな衝撃を受けました。
<恩送り>
これまでに私たちは、約400名の子ども達を支援してきました。
支援をする中で日本語がわからない子どもが、日本語がわかるようになることはもちろんですが、それ以上に子ども達の貴重な人生の中で、この日本と言う国に来たことを「良かった」と思ってもらいたい・・・日本も自らのルーツも、どちらも大切に思ってもらいたい・・・そんな気持ちを強く持っています。
私がフィリピンという国とそこに暮らす人々からもらった、たくさんの笑顔と恩。日本に暮らす、外国にルーツを持つ子ども達に「恩送り(Pay it forward)」として、そのまた先の、そのまた先へ・・・とバトンをつなげていって欲しいと願っています。
リターン
3,000円

【子どもたちからのありがとう】
子どもからのサンクスメッセージをメールにてお送りします。メッセージが送れるのも、頂いた支援のおかげです。
- 申込数
- 172
- 在庫数
- 制限なし
- 発送完了予定月
- 2016年11月
10,000円

【卒業式へご招待&カフェ・ドゥ・ジャルダンのカステラ】
3,000円のリターンに加えて、
①スイーツの名店”カフェ・ドゥ・ジャルダン”
オリジナル「アメリカンカステラ5個入り」をお送りします。私たちのスクールのある福生(ふっさ)で生まれた絶品カステラです。
②7月に行われる子どもたちとの終業式にご招待します。(都内です、交通費はご負担ください)
- 申込数
- 94
- 在庫数
- 制限なし
- 発送完了予定月
- 2016年11月
3,000円

【子どもたちからのありがとう】
子どもからのサンクスメッセージをメールにてお送りします。メッセージが送れるのも、頂いた支援のおかげです。
- 申込数
- 172
- 在庫数
- 制限なし
- 発送完了予定月
- 2016年11月
10,000円

【卒業式へご招待&カフェ・ドゥ・ジャルダンのカステラ】
3,000円のリターンに加えて、
①スイーツの名店”カフェ・ドゥ・ジャルダン”
オリジナル「アメリカンカステラ5個入り」をお送りします。私たちのスクールのある福生(ふっさ)で生まれた絶品カステラです。
②7月に行われる子どもたちとの終業式にご招待します。(都内です、交通費はご負担ください)
- 申込数
- 94
- 在庫数
- 制限なし
- 発送完了予定月
- 2016年11月

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