心の縁でつなぐ新しい継承のカタチ〜鳥取日南町の元大庄屋長屋改修計画
心の縁でつなぐ新しい継承のカタチ〜鳥取日南町の元大庄屋長屋改修計画

支援総額

2,437,000

目標金額 1,500,000円

支援者
207人
募集終了日
2025年3月9日

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2025年02月19日 09:00

大庄屋を務めた久代家の歩み

Caption

【大庄屋を務めた久代家】


1683年(天和3・江戸時代) 大庄屋 4代 久代五郎兵衛

         ・

         ・

1871年(明治4) 13代久代五郎兵衛が新しく中庄屋を置く

霞には
本久代、 上久代、 中久代の3戸の旧家がありそれぞれ繁栄していた。
そのうち、上久代と中久代はすでに家もなく当時の構えをみることはなくなった。 


江戸時代になると鳥取藩は各郡に郡代を派遣し、これを助ける役として
大庄屋や宗旨庄屋を置いた。
大庄屋は10数カ所の庄屋をまとめる重要な役職だった。 


日野郡には地域や村の数を考慮して口構え (くちがまえ) 中構え、奥構えの
3つに分けてそれぞれ大庄屋が置かれた。
このうち、奥構えの大庄屋を本久代4代の久代五郎兵衛と7代久代五郎兵衛が
続いて務めている。 


1867年(慶応3) 将軍徳川慶喜の大政奉還によって江戸幕府は終わりをつげ、
翌年には明治と改元されて、 新しく天皇を中心とした近代国家建設の歩みが
始まった。
1869年(明治2)には、版籍 (土地と人民) が朝廷に返還され、
これまでの藩主は中央政府が任命する藩知事 (知藩)へと名称も役割も
変わった。


新しい時代の模索が続く中で、藩主から藩知事となった池田慶徳は、
1870 (明治3)年3月の終わりに米子を訪れ、その後で奥日野を巡査し霞村久代五郎市方で昼食をとった記録が残っている。 


「ふるさと 霞の歩み」 より抜粋

 

リターン

3,000+システム利用料


大きな声で応援!コース

大きな声で応援!コース

・心を込めたお礼のメールをお送りします。
・改修中の長屋の様子などを動画にしてお届けします。

申込数
129
在庫数
制限なし
発送完了予定月
2025年5月

10,000+システム利用料


大きな声で全力応援!コース 

大きな声で全力応援!コース 

・心を込めたお礼のメールをお送りします。
・改修中の長屋の様子などを動画にしてお届けします。

申込数
83
在庫数
制限なし
発送完了予定月
2025年5月

3,000+システム利用料


大きな声で応援!コース

大きな声で応援!コース

・心を込めたお礼のメールをお送りします。
・改修中の長屋の様子などを動画にしてお届けします。

申込数
129
在庫数
制限なし
発送完了予定月
2025年5月

10,000+システム利用料


大きな声で全力応援!コース 

大きな声で全力応援!コース 

・心を込めたお礼のメールをお送りします。
・改修中の長屋の様子などを動画にしてお届けします。

申込数
83
在庫数
制限なし
発送完了予定月
2025年5月
1 ~ 1/ 13


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