「現代の名工が生んだ、はじまりの蝶」― 刺繍芸術の扉を開いた一針

アナフィラキシーショックによる狭心症を起こしたことにより、リウマチとは異なる原因不明の痛み——当時、治療法がないといわれていた線維筋痛症を発症してしまい、リウマチと線維筋痛症の二重の痛みに苦しみ、痛み止めも使えない状態におちいりました。

そんなある日、窓の外を舞う蝶を目にし、心がふっと動かされました。

「羽が開いたり閉じたり、本物の蝶のような動きを持つ作品を作りたい」——

その想いが、次なる挑戦の扉を開いてくれました。

痛みに身を任せる時間、頭の中では、独自の両面立体刺繍で刺す蝶の姿を思い描いていました。４枚の羽を一針ずつ刺し重ね、360度どこから見ても美しい、羽が開いたり、閉じたりする蝶がついに形になったのです。

　そして次に挑んだのは、「日本の国蝶・オオムラサキ」をどうしても作りたいという想いだけで、針を手に取りました。今思えば、最も難しい蝶への挑戦は無謀だったのかもしれません。けれど、その想いだけが、私を支えてくれたのです。

蝶は、綿の刺繍糸よりも細い糸1本を使い、独自の両面立体刺繍で羽を刺しました。

左右対称に仕上げなければならない蝶の羽は、わずかなズレでバランスが崩れ、何度も失敗を重ねました。そこで、左の羽だけに用いる独自の技法を考案し、ようやく左右対称の羽が形になるようになったのです。

オオムラサキの斑点模様は特に難しく、何度も試行錯誤を重ねました。

基本の針をまっすぐ刺し、糸を真上に引きながら一針一針丁寧に。

表も裏もきっちり美しく仕上げる両面刺繍のため、失敗すれば最初からやり直しです。

仕上がった羽は、独自の手法で組み立て刺して、蝶そのものをブローチに仕立てました。

羽が開いたり閉じたりする立体構造により、本物の蝶のような動きと存在感をもたせています。制作には6か月を要しました。

　この作品が「蝶のアートジュエリー」の原点となり、リアルな蝶、彫金や宝石を融合させた作品へと表現の幅が広がっていきました。

写真のオオムラサキは、これまで積み重ねた技術を結集した最新作です。

ここから、さまざまな糸で表現したリアルな蝶、彫金を融合させた蝶、そして宝石をあしらったプラチナ蝶へと、表現の世界が広がっていきます。

次回以降、新たな作品や技法についてもご紹介してまいります。

ぜひ、作品集を手に取り、立体刺繍が紡ぐ蝶たちの物語をご覧いただけましたら幸いです。