逃亡　上・下　巻

　著者　帚木蓬生

 

　　日中戦争中、中国広東を中心に憲兵として、部下とともに職務を果たした

　　守田征二。

　　広東語を流暢に使いこなし、部下や中国人の手下を使って、「スパイ活動

　　の摘発・防止、治安維持」の職務に専念した。その過程では、逮捕した中

　　国人や英国人を拷問にかけ、死に至らしめることもあった。冷酷無比と、

　　中国の人たちから恐れられ、また、憎まれていた。

　　それらの行為はすべて「お国の為」であった。

　　「敗戦」　

　　彼ら憲兵隊は広東に取り残される。周りはすべて敵となった。

　　部下の田中軍曹と「逃亡」を決意する。

　　田中軍曹は、北に逃げ、北京で撲殺された。守田は、南へ逃げた。

　　偽名を使い、収容所生活を経て、かろうじて、帰国する。

　　九州の実家に戻ると、母トメ、父源太郎、妻瑞枝、息子の善一が、幽霊

　　が現れたように驚いた。息子は、父親の顔を見るのは初めてである。

　　平穏な日々が続くと思われた。

　　しかし、征二は英国により「戦犯」に指定されていた。

　　ある日、彼の家に地元の警察官が現れ、彼を自転車の荷台に乗せ、交番ま

　　で連行しようとした。彼は、咄嗟の判断で荷台から飛び降り、逃げた。

　　彼の村では、村人たちによる捜索の山狩りが始まった。守田は憲兵時代の

　　知人を頼り、資金を得ながら、福岡・山口・北海道・千葉と「逃亡」を続

　　ける。

　　トメ・瑞枝は、交番で過酷な取り調べを受ける。しかし、征二の不利にな

　　ることは決してしゃべらなかった。或る日、善一は瑞枝に聞いた。「戦犯

　　ち、何な？」母は答えた。「あなたのお父さんは、犯罪人ではありませ

　　ん」。二人目を授かっていた瑞枝は、福岡の闇市への米売りなどで生計を

　　たてながら、夫の帰りを待ち続ける。

　　「お国の為」に働いたにも関わらず、「お国から追われること」になった

　　守田征二。村人から、同級生から「白い目」で見られる家族。

　　GHQの手先となった国家権力が征二を追い詰める。

　　国家に対する「不条理」を感じながら、彼ら・彼女らの戦いは続く。

　　そして・・・・・。