
支援総額
目標金額 2,600,000円
- 支援者
- 198人
- 募集終了日
- 2018年5月31日
認知症のおばあちゃん太古の記憶

人間の皮膚の膜をおおう内側にあるもの。管には、どくどくと、血が流れていて、臓器は、それぞれが、別の生きもののように動いている。心臓は、拡張と収縮を、継続させて、ドクドクと生を謳歌している。腸は、長い管を、蛇のように這わせながら、下腹部に、どっしりと鎮座している。脳は、意識という、よくわからないものと暮らしている。そんな脳も、一つの生命体であって、頭蓋骨を砕いてしまえば、触ることだってできる。しかし、やっぱり、よくわからないし、私たちには、絶対に触れることのできない領域がある。それは、記憶や、思考、知覚と呼ばれている。彼らを手に掴むことはできない。しかし、皮膚の膜をおおう内側にあるものたちの中で、何故か、もっとも近くに感じることができる存在だ。そこに、どうやら精神というものも存在しているらしい。この「めにみえぬものたち」という物語は、この精神さんという、複雑で、不安定で、曖昧で、でも確かに存在している大きなものが主人公なんだ。
空の色が、透きとおるような青から、オレンジ色に変わろうとしている。友達と何人かで遊んでいて、時計を見ていた訳ではないんだけど、皆が、この瞬間の時間を感じている。そして、ふいに、時計の針が目に入る。指された時間に驚くことがある。「あれ?いま四時ぐらいだと思ってた。もう六時なんだね」そこにいる皆が、頭蓋骨の内側にある脳という生きもので、感じていた。その皮膚や、液体や、神経に流れる電気が感じた時間は、確かに四時だった。私は、そこにいる人たちが共通して、体感しているものを信じている。だから、時計の針が六時を指している現実を見るまでは、友達と過ごしている時間は、四時なんだと考えたい。感じたい。あの時間は、私たちにとって紛れもなく四時だった。
私の母の松子さんは、認知症になった自身の母のミヨ子さんを介護していた経験がある。ミヨ子さんは、陽のあたる玄関に座って、扉をあけて、外をよく眺めていた。そこからは、山肌に生い茂る、森の木々が眺めることができる。
「松ちゃん!山の中にヘンテコなやつらがあるぞお」
「みんなが、おどってる!あ、ねえちゃんもこっちを見て手をふっとるぞ」
玄関の階段に、ちょこんと座っているミヨ子さんは、松子さんにとって、生活の中にある景色だった。ミヨ子さんに手を振っているという、ねえちゃんとは、おそらく松子さんの姉の常子ねえちゃんのことだ。常子ねえちゃんが、森の中から手を振っているのだろうか。最初は、少し驚いたけど、何かを見つめているミヨ子さんの姿は、松子さんの記憶に残る大切な風景となった。
「ああ!おとうちゃんもおるぞお」
「いいねえ、お母ちゃんは、私も、お父ちゃんと、常子ねえちゃんに会いたいわ」
松子さんは心から、ミヨ子さんが羨ましかった。認知症が入った老人の妄想とは思えなかった。
松子さんの中には、あの母の背中の記憶が、実像を持って生きている。
そして、ミヨ子さんが亡くなり、玄関に座る背中を見なくなってから十年以上の歳月がたった。
松子さんには、孫が生まれた。それは、つまり私の娘だ。娘のゆもかは、松子バッパが大好きだ。
悔しいけど、はっきりいって、両親より、松子バッパのことが好きみたいだ。二人は毎日、仲良く遊んでいる。
ゆもちゃんが一歳半になった頃。私たちが住む家に松子さんが遊びにきた。私たちは、ミヨ子さんが生前に住んでいて空家になっていた家にいま暮らしている。バッパと二人でひとしきり遊んだ後に、ゆもちゃんは一人で遊び始めた。
「あれ?ゆもちゃん何処にいったんだろう?」
気がつくと、ゆもちゃんは、玄関にいた。あのミヨ子さんが座っていた同じ場所にたたずんでいる。そして、玄関から見える木々が生いしげる森を指差してこう言った。
「へんな人が、山におる!」
松子さんは、不思議な気分で、孫の背中を見つめている。お母ちゃんと同じことを感じている娘の姿を。
「みんな、おどってるよ!へんな、おじいちゃんと、へんなおばちゃんと、ああっー!へんなおばあちゃんもきたあ」
もしかしたら、常子ねえちゃんや、お父ちゃん、そして、ミヨ子も、森の中でこちらを見ながら踊っているかも知れない。
ゆもかは、その姿を見つめているのだろうか。松子さんの、眼球が赤くなり、目蓋は、涙という意味のある液体で、溢れている。娘の脳が、現実を感知して、何か見るというを体験しているのは確かだ。それは、ミヨ子さんが体験したものと同じなのだろうか。二つの脳が体験した事実が、松子さんの体を通過して、彼女の記憶の中で漂っている。それは、友達と一緒に、四時と感じた、あの時間のように確実に、松子さんの皮膚や細胞が知覚している。時計の針が六時を指していようが、体が体験した事実や時間、空間そのものは、変わらない。松子さんは、世代や時空を超えて、同じ場所を見つめる二人の姿を目の当たりにするという体験をした。それは、松子さんにとっては、紛れもない事実なのだ。きっと、あの森の中には、ミヨ子さん、常子姉ちゃん、お父ちゃんがいまも踊っている。
統合失調症や、認知症、子どもたちが持っている感性。社会は、すべてを、なかったことにして闇に葬ろうとしている。これらのすべてを、松子さんは、同じのものだと感じている。この眩いものによりそって生きていこう。細胞の中にある太古の記憶をたどりながら。心理学者のジュリアン•ジェインズは、言語を取得する前の人間は、神々の声に従っていきていたという仮説をたてている。右脳から左脳へと駆け抜ける「こうしなさい」という声に従って人々は生きていた。右脳にいる「神さま」が、左脳にいる「人間」に語りかける。これを「バイキャラメル•マインド(二分心)」と呼んだ。そして、ジュリアン•ジェインズは、バイキャラメル•マインドを、現在でいう所の統合失調症と近い状態だと考えているそうだ。バイキャラメル•マインドは、ある時に崩壊して、やがて「意識」が生まれた。その意識をつくったのは「言語」だった。言語は、倫理、法律や、社会をつくった。社会は、人間を言葉でつくったルールや、システムや、分別によって、何を包囲して、監視しようとしているのだろうか。
雨露が葉のうえを、球のかたちで輝くとき、名も知れない花の匂いを感じたときに、沸き立つ感覚は、バイキャラメル•マインドのような感性であると信じている。それはいまも、人間の中に眠っていると確信している。精神や、感性が研ぎすまされたときに、ふたたび太古の記憶は呼び起こされる。それを、私たちは、果たして、病気の呼ぶことができるのだろうか。この鋭く、研ぎすまされた精神と、社会や、家族という小さな共同体が、平衡を取りながら、豊かに生きることはできる。そう、深く確信している。
リターン
5,000円

書籍「めにみえぬものたち」サイン入り 巻末にお名前クレジット
•巻末にご支援者様のお名前をクレジット
•書籍「めにみえぬものたち」サイン入り
※1冊は、ご支援者様へお届けいたします。
※0円で本を届けてくれる人には2冊まで、ご希望の冊数を進呈します。周囲の方へ配布頂ければ幸いです。
- 申込数
- 151
- 在庫数
- 制限なし
- 発送完了予定月
- 2018年9月
10,000円

オリジナル手描きトートバック
•オリジナルの手描きトートバックをプレゼントします。作家本人が1枚づつトートバッグへ絵を描きます。世界に1点のトートバッグです。絵柄は、すべて違いますので、こちらで選んでお届けします。絵本などを入れて持ち運べるサイズのトートバッグです。図書館や、本屋さんへのお供に最適です。
•巻末にご支援者様のお名前をクレジット
•書籍「めにみえぬものたち」サイン入り
※1冊は、ご支援者様へお届けいたします。
※0円で本を届けてくれる人には3冊まで、ご希望の冊数を進呈します。周囲の方へ配布頂ければ幸いです。
- 申込数
- 29
- 在庫数
- 制限なし
- 発送完了予定月
- 2018年11月
5,000円

書籍「めにみえぬものたち」サイン入り 巻末にお名前クレジット
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オリジナル手描きトートバック
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- 申込数
- 29
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- 2018年11月

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