1624年創業・会津の商家「竹藤」を後世へ。人々の行き交う場に。
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支援総額

2,868,000

目標金額 2,400,000円

支援者
231人
募集終了日
2019年11月26日

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2019年11月21日 10:00

【竹藤の歴史】江戸時代の町並み、福島県立博物館にある模型

竹藤は江戸時代、東北一の繁華街だった、会津の城下一之町に当時のままの姿で残されています。福島県立博物館にも『城下のにぎわい』 という模型があり、そこに竹藤があります。

 

県立博物館にある江戸時代の一之町の模型に竹藤があります

 

一之町角に札の辻があり、会津五街道交通と商業の中心地として、両角に商人司簗田家、検断倉田家、馬場通りには検断坂内家を配し問屋豪商が一之町通りに軒を連ねていた。一之町には大町口、馬場口、甲賀町口の3つの郭門があり、武士町人が行き交う城下一番の繁華街でした。


氏郷公が郷里日野から近江商人を招き「楽市楽座」(楽売楽買の自由市場)を興したのが一之町であり、会津商人はここに店を張るのが夢だったと言われています。

 

 

県立博物館の会館前にこの模型を作るに為に、専門家が寸法を図りに来ました。江戸時代、会津の町屋では、寸法が決められていたそうです。2階建ての場合はこの高さに決まっていて、竹藤の寸法を計ったことで、この一之町の模型を作ることができたようです。


江戸時代、一之町は商人、武士が行き交う会津一番の繁華街でした。2階の簾は、上から武士など、身分の高い方を見下ろしたりできないように必ずつけなければいけなかったそうです。竹藤には、今でも簾がついています。

 

ちなみに、竹藤の模型の前に薬屋と書いてありますが、父が寸法を計りに来た方に「薬屋の看板が出てきたから、薬屋やっていたこともあるらしい」
と、言ったから薬屋と書かれたのだそうで、古文書を読んだら一之町に来る前からずっと、竹問屋をやっていたことがわかりました。この時代は、他の商売でも薬を売っていることもあったようです

 

 

大町四ツ角には、火の見櫓、高札場がありましたこの櫓の前が簗田家(商人司)だったはずだけど、模型では、ちょっと違うような…今の郵便局隣に昭和の終わり頃まで風間竹問屋さんもあったのにそれもないです。今作ったら、もっと再現できそうな気がします。

 

リターン

3,000


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お気軽支援コース

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※このコースは、リターン費用がかからない分、いただいたご支援金はサービス手数料を除いたすべてを活動内容に充当させていただきます。寄付控除の対象にはなりません。

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16
在庫数
制限なし
発送完了予定月
2020年3月

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応援コース

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